2006年12月17日 20:26
AIDS 2006 in TORONTO
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トロントで開催されて国際エイズ会議。ここで僕は、何を得たのだろうか.... トロント会議の後、僕は、友人とともにプリンスエドワードアイランドに出かけた。そこでは、友人の兄夫婦が第二の人生を送っていた。 友人は、兄夫婦に国際エイズ会議の話をした。世界中から多くの人々が参加し、いろんなディスカッションをしたことを。そして、会議が今後も大きな役割を担うことを。 お兄さんは、友人に質問を投げ方。 「会議がエイズ問題に大きな役割をしめすのは、わかる。しかし、会議の開催、そこに参加する人々への援助をは莫大な資金が投入されている。 街を見てごらん。街には、今日のゴハンを食べられない人々がいる。寒さを凌ぐ場所がない人々が路上にたくさんいるんだよ。 会議にお金を投入することよりも、今、援助を必要としている目の前の人々に、援助してあげたほうが、重要じゃないか.....。 80年代、90年代、エイズ患者・HIV感染者は、自らの手で、自分たちの権利を獲得していった。それは、エイズ患者・HIV感染者だけでなく、感染に身をさらされている人々もまた、協力していった。こうした努力は、感染者・患者の社会進出だけでなく、国のエイズ対策やUNAIDSといった国際機関の取り決めにいたるまで幅広く影響力を持つようになっていった。 21世紀に入って、エイズ患者・HIV感染者の問題は解決したのだろうか?充分なQOLは?そして、予防・啓発は? 僕は、友人に、「兄に説明してやってくれ」といわれた。 説明してほしいといわれても、英語で説明するのは、難しい。ましてや、今、援助を必要としている目の前の人々への充分な援助がなされていない一方で、エイズ会議につぎ込まれた膨大なお金の重要性を説明するということは、日本語であっても難しい。 「今回、僕も製薬会社から援助をしてもらって、会議に参加した。飛行機代、宿泊代、会議の登録費、毎日の食事代を出してもらった。このお金は、決して安いものではない。 僕がもし、会議に参加して、それで、普通に参加して勉強になったという感想を持ち、自分の活動になんらかの形で役立てればいいと考えるだけだったとしたら、僕には、援助を受けてまで、会議に参加する必要性はない。むしろ、自費で参加するべきだろう。しかし、僕に会議費用を投資することは、そこで使われた投資額を超えるだけの効果がある。なぜなら、僕は、日本に帰って、より多くの人々に講演を行い、エイズ予防、感染者・患者のQOL、そして貧困とエイズの問題を伝えるだけの技術があり、講演の依頼がある。 援助を受けて会議に参加をしている人々には、それだけの能力と義務がある。また、会議の開催にお金をかけることも、同じことが言える。今、目の前で援助を必要としている人に具体的な援助をするのは、多くは、地域の理解ある人々だ。実際に予算は行政からおりるだろうけど、予算がおりるために働きかけるのは、いつもNGOなのです。会議が開かれるということは、行政から予算をひきだすために、世界の動向や他の地域との連携を図ることが、よりやりやすくなります。つまり、会議は、情報や人があつまり、結びつけてくれる大切な場であるということなのです。」 こうした内容を、全て英語で伝えきれたかどうかはわからないけど、僕自身、もう一度、会議への参加の意義を考える良い機会になり、帰国後、僕の役割が僕への投資以上に果たせるように努力しています。 |
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